自分の身は自分で守ることが求められる時代

2020年2月28日

今日は元々別ネタを準備していたのですが昨日政府からの突然の発表があったため、急きょ差し替えしました。

民主主義風社会主義国家

先日「もはやパンデミック」と書きましたが、実際に残念ながらどんどんそちらの方向に進んでいる状態です。大きな要因のひとつは

政府が新コロナウィルス問題をアンダーコントロールできなかった

ということですが、そんな政府がこの現状を受けて2020年2月27日に突然アナウンスしてきました。

3月2日から春休みまで休校を要請する

コントロールできなかった政府がこんなことを言うのは洒落にもならないとしか思えませんが、、、。

要請だから絶対ではない?そんなことはないでしょう。今の法体系の下では要請という表現しかできないものの実際には強制です。

仕方ないと言えば仕方ないでしょうがあまりにも唐突。大半がサラリーマンであり「会社に出勤して仕事をすること」がデフォルト、思考停止している環境において金~日までのたった3日間で翌週以降の対応を考えなけれないということは相当困難を極めるかと。

これに限らず過去の賃上げ要請等、この国は民間に対して上から要請という名目で強制することが目立ちますね。そんなこと、民間に任せておけばそのうち自然淘汰されるのに。

それでも静かに、粛々と受け入れるのが国民性。今回も大きな不満・不安を抱えながらも何とか乗り切るのでしょうね。

メディアは全てポジショントーク

メディアは親会社やスポンサー、そして政府の意向には逆らえません。それは「お金」と「免許」という圧倒的な既得権益を握られているから。

その結果、基本的には都合の悪い情報は全て編集されてカット、右に倣えでどこもかしこもほぼ同じような内容を日々垂れ流すだけ。

各チャンネルごとにどこから湧いてきたのかわからない専門家が登場し個人の見解を発言、それに対して何の責任も負わないコメンテーターが好き勝手なことを言いMCがまとめる、、、だから視聴者がどんどんテレビから離れていくのです。

今は新型コロナ一色ですがこの問題がなかったときはどうでしたか?桜を見る会?薬物問題?私個人の見解は

どーでもいいわっ!

でした。

新聞なんてもはや存在意義すら不明です。数10時間以上前の情報を印刷して配られても「もう知ってる!」。

我が家ではもはや近所の特売品情報を見るだけのためにとっているようなものです。こんなことが昭和からずっと続けているから国力が衰退する一方なのです。

時代の変化に気づいていない国民

時代は4G→5Gを迎えようとしています。昭和の時代はマイホームのリビングに鎮座する1台のテレビの前でチャンネル争いをしていましたが、平成中盤までには1部屋に1台のテレビ、そして平成後半から令和にかけては一人1台のスマホです。

4G x スマホの時代になったことにより情報がよりパーソナルに特化してきました。その結果のひとつがYouTubeの普及でしょう。

スポンサーも免許も不要なので発信者が自分で好きなように情報発信できる、すなわち発信者自ら編集権を持っている、これによってリアルな情報発信ができる、それがより個人を惹き付けYouTuberという働き方が生まれました。

YouTuberから発信される情報の全てが正しいわけではありません。逆に間違っていることのほうが大半かも知れません。また、間違っていないにしてもその判断は自分には受け入れられないこともあるでしょう。

ただそれでいいのだと思います。溺れるほどの情報をシャワーを浴びれる環境の中で自分が正しい、受け入れられる情報を取捨選択できる、そんな時代になったのです。

にも関わらず政治の世界はまだ「リビングの中心にテレビ」から抜け出せていないようにしか感じません。でもそれを言ってしまうとその選択をしたのは国民です。

今までは限られた選択肢の中で

どっちがベターか?(どっちがワーストじゃないか?)

という判断を求められてきたのでそれはそれで間違っていなかったのかも知れませんが、そろそろ国民の意識も変わらなければならないと感じます。

護送船団方式の限界

発想が昭和のまま、大きな政府として業界団体と連携して政策を進めてきた政府与党ですが、もはや時代の変化にはついていけていないとしか感じられません。

しかし、、、これから数年でも大きく変わることは不可能でしょう。近い将来の政権交代も期待できません(逆に政権交代したらもっと悪夢かも?)。その結果として徐々に衰退していくしかないでしょう。

もはや大きな政府ではなく、もっと言えば小さな政府ですらない時代に突入すると思われます。これだけの情報量が一気に世界中を飛び交う時代、政府とか国境とかの意味すらもどんどん薄れていくのでしょう。

そんな時代なのにまだ企業献金を受けている業界団体の顔色をうかがいながら国策の舵を取るなんてジョークにしか思えません。

政治は結果責任

今回の判断により政権与党は大きなリスクを抱えることになりました。それでも決断したということでは評価はできます。何も決めないでダラダラと不安な状態を続けるよりは異論があるにせよ決断するというのは政治の大きな役割のひとつです。

大きな判断には賛成と同じぐらいの反対があるものです。特にサイレントマジョリティよりノイジーマイノリティの声のほうが響くのが常ですので当分は混乱が続くでしょうが最終的には結果が全てです。

ブルーカラーや非正規の収入はどうなる?

問題はここです。正規雇用の方々は有給的な扱いを受ける人も多いでしょうが、ブルーカラーや非正規雇用の方々は仕事をした分しか報酬をもらえない、ほぼフルコミッションです。

そんな人たちまで仕事を休まなければならなくなってしまうと収入が途絶え、それはすなわち明日の生活の維持ができないことになります。

しかし、今回の休校の要請はそこまで考えられているとは到底思えません。小さな子どもが家に居るのに両親が家に居ない、これはこれで相当なリスクです。これによって新たなリスクも生じますが、かと言ってすぐにそれなら仕事を休みます、そんな簡単な話しにはならない人も多いかと思います。

これからの3日間でさらなる発表、対策が求められます。

結論的なこと

今まで思うがままになぐり書きしてきましたが、要するに昔は国や企業が守ってくれていたことも今はそうではなくなってきているということです。

先日アップしたこれらの記事にも書いているとおり

最終的には自分の身は自分で守るしかなく、そのためには自分独りでも生きていけるだけの知識や経験、スキルが求められてくる時代に既に突入しています。

最近になって自宅やカフェ、コワーキングスペースで仕事をはじめるようになった方も増えていると思います。独りで考える時間も増えてきていると思いますので、その一部の時間を自分の将来に向けて考えてみる必要もあるとか思います。

(これが私の今のポジショントークです)