シニアからはじめる:脱サラまでの道のり

2020年2月19日

2010年までは準備期間

いつかは起業したいという夢

以前にもチラッと書いていますが私はそもそも学生時代からぼんやりと

将来は社長!(何の仕事かは考えていなかったけど)

とずっと思っていました。

ただ、卒業して働きだしてからの暫くはサラリーマンとして成功するために一生懸命で、そんな若い頃の夢などすっかり忘れていました。

加齢とともに現実を受け入れる

サラリーマンとしての限界

その後、仕事と人生の経験を積み重ねながらポストと年収を上げていった結果

そろそろサラリーマンとしてできることの終わりも近いな

と感じるようになりました。

当時、私はずっととある業界の中で生きてきましたが、その業界の中でさらなる上を目指すための選択肢はもはや外資系しかありませんでした。

縁故や派閥・学閥でプロパーからの叩き上げ、波風立てずにじっとしていた人のほうが上に上がりやすい日系企業のカルチャーには夢も希望も持てませんでした。逆に外資系であれば規模さえ問わなければ、それこそ自分一人だけの日本法人のカントリーマネージャー、 そんな立場も含めどこでも何でもやれる自信がありました。

英語力不足

しかしそのためには

ネイティブクラスの英語力

この壁が私の前に大きく立ちはだかりました。

さすがに外資系にも2社、約16年在籍していましたので最低限の英語はできます。ただ、ネイティブクラスとなると「無理!」

この壁をクリアする気はさらさらありませんでしたし同時に

これからもずっとサラリーマンでいるつもりか?!

という疑問もありました。

壁があれば壊す or 逃げる

そうやって生きてきた私、この問題に関してはすぐに結論が出ました。

ノーチョイス!逃げるのみ!

副業の見極め

そこでいよいよ脱サラ・起業を具体的にイメージするようになり、まずはその準備・練習として2000年代後半から副業的なものにあれこれ手を出し実践してきました。

ただそのほとんどは

こんなチマチマしたビジネスでは一生起業なんてできない

初期投資の必要がなく、すぐにでもはじめられるものもたくさんありましたが、そのほとんどは手間がかかる割にはリターンが小さすぎ、いいとこお小遣い稼ぎが関の山でした。

大きなリターンを得るには何かでドカンと大きく張る必要がありました。

脱サラしても年収(所得)1000万円

脱サラは目的ではなく手段、その後もそこそこ安定した生活のためにもこの程度の規模感は欲しいと考えていました。

しかし、そのクラスの収入を得られるビジネスをズブの素人がいきなり起業してできるもんなんてそうやすやすと、、、あれっ?あった!

不動産業(いわゆる大家さん)

当時、不動産の利回りは都心で10%未満、地方で10%~15%程度が一般的だったと記憶しています。

ただ、実際には色々とコストもかかるので表面利回りからアレコレ出ていくお金もあることはわかっていましたが、それでも定期預金に預けるよりは数段マシだと思えましたし、株やFXに投資して24時間PCとにらめっこして神経をすり減らす、なんてことをする必要がないことも魅力的でした。

さらにこの業界、外部の私から見ると化石、とまでは言わないものの、古き良き時代のまま進歩なく現在まで来てしまっている感がありました(今でも一番の情報伝達手段はFAXです)。そこに

IT系の技術、知識や経験をエッセンスに加えれば十分太刀打ちできるのではないか?

と自分に都合のいい解釈を勝手にする思考回路になっていきました。

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不動産投資のリスク

当時と今では投資用不動産の環境もだいぶ変わった感があります。賃貸用新築マンションでもモダンでオシャレだし、最近ではクラウドファンティングや1口投資なんて手法もあるようです。

不動産は安定感のあるストックビジネスとも言えますが、同時に多額の債務を負うリスクがあります。

レバレッジが効き多額の融資を受けられるというのは諸刃の剣です。多額の融資を受けて購入し、以降何年にも渡り黒字経営を続けていかなければ融資の返済ができません。

物件は日々劣化していきます。また近所には毎年のように新築が建ち続けます。その環境の中で古い物件にお金をかけて維持管理しおしゃれな新築と戦い続けなければなりません。

さらに、不動産価格は水ものです。金融機関が積極的に融資する姿勢であれば物件価格は高くなりますが、一転、融資に消極的になると物件価格はダダ下がりします。

何らかの理由により物件を売って融資を返済しようにも

売却価格 < 融資残高

これでは返済ができないのです。

不動産投資にはこんなリスクがあるのでご注意下さい。今の私であればレバレッジを効かせて融資を受けるにしても不動産ではなく

会社を買う

も選択肢に入れてみるのもいいかと思っています。

地方でRC1棟からスタート

当時の私の選択肢は不動産投資一択でした。ただし、利回りから考えるに1000万円程度の資本投下→100万円の粗利では全く意味がありません。すなわち、戸建て1軒や都心のワンルームマンション1部屋を保有したところで目標額の足元にも遠く及ばず、脱サラなんて夢のまた夢。

この手法を否定しているわけではなのですが、当時の私の目的から導かれる選択肢にはならなかった、ということです。

そこで

地方の中古RC(鉄筋コンクリート)造を1棟丸ごとお買い上げ!

いきなりそこからはじめることにしました。

当時はまだサラリーマンとして高属性でしたので、大手銀行からある程度の規模まで融資を受けられる状態でした。

あとは物件を決めるのみ。いくつかの業者に打診し複数の物件を検討。そして2010年8月、とうとう最初の1棟目を購入しました。

京都の物件でその額

1億3400万円

でした。

当時、既に自宅は購入していましたがその約3倍のお買い物。正直、ハンコを押すときはちょっとビビりました。

この1棟目によって色々なことを経験できました。大きなトラブルが発生することもなく?順調にATM・キャッシュマシーンとしてお金を生み出し続けてくれていました。

頭金0円でも毎月プラス5,000円

東日本大震災

当時はまだサラリーマンとしての収入も得つつ、1棟目からの家賃収入もあるダブルインカム。資金的には相当の余裕があったので並行してもうひとつの柱を立ち上げるべく副業にも勤しんでいました(本業は?)。

そんな呑気な生活をしていたとき、何の前触れもなく突然襲いかかってきた2011年3月11日の大震災。

当時、私は西新宿高層ビル群の上層階にいましたが、自分の席から普段見えない地上が見えました。周りのビルも自分がいるビルも昭和の時代の超高層建築物。当時の耐震手法は「柳のようにしならせて力を分散される」、そのため周辺一帯のビルがグラングランと揺れまくっていました(きっとコクーンタワーはシレッとしていたんでしょうね)。

オフィス中で感じた「死」への恐怖、そして第二の故郷仙台の被災。この震災をきっかけに人生を見直し

サラリーマンとしての自分はここで終わった

そう判断しました。

脱サラ

2棟目購入

まずはさらに収入を安定化させる必要がありました。1棟目からの家賃その他の収入からの手残り(利益)は約400万円。これでは到底足りません。少なくてもこの倍は欲しい、ということは

同じ規模の物件を買えばいいんだな

そう判断しすぐに動き出しました。

探し続けること半年以上、やっと見つけたのが愛知県の物件でした。

これを

1億2000万円

で購入したのが2012年1月です。

退職

保有物件が2棟42部屋(借金2億5000万円)となったことから晴れて2012年4月末をもってサラリーマン人生をリタイアしました。

そしてそのときから既に丸8年が経過しようとしていますが、こうして今も生き残っています。

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